Keep Smiling :)

忘備録と未来のしまっこへ。心の動きを見つめるブログ。ところにより簿記とピアノ。

小さなSOS

なぜ徐々にSOSを溜め込んでしまうのでしょうか。私は、SOSの入口が些細過ぎて解りずらいからなのではと、現在進行形自分案件を見返しながら思いました。

 

何か特別な話をする場合、いきなりその内容を話す人はほとんどいないと思います。相談する側だって誰でもいいわけではありません。この人なら聞いてくれるかもと期待を込めて声をかけているはずです。

 

でも、最初に発せられる言葉は、小さな子どもだと、たぶん「ねえねえ」レベルだろうし、大人だと逆にかしこまって相手の状況をまずお伺いするんじゃないかなと思います。(みんなどうしているんだろう。。。)

 

相談側はかなり切羽詰まっているはずですので、これでも結構精一杯かとは思いますが、質問された側にとっては些細過ぎて、そこからSOSに繋がっていくなんて、事前に分かりやすい伏線でも巡らされていないかぎり、気づくのはとても難しいのではないでしょうか。だから、忙しかったりすると相手へのお返事も雑になりやすく、勇気を出した側は扉を閉ざしてしまう気がします。

 

では、日頃のほんの些細な言葉のやり取りではどうでしょうか。例えば「大丈夫だよ」や、「それいいね」などの小さな声掛けは、発した側は些細な一言だとしても、受け取った側には絶大な心の支えとなる時があります。(ただし意図的ではなく本心から発せられた言葉に限る)

 

その人にとっては大したことのない些細な言葉であっても、他の人にとっては過敏に反応してしまう場合だって十分に考えられます。相手からアクションがあった時、どのようにお返事するかはその人の自由ではありますが、どのような状況であれ、思いやりのある言葉を返せるようになりたいものです。