Keep Smiling :)

忘備録と未来のしまっこへ。心の動きを見つめるブログ。ところにより簿記とピアノ。

複雑なものと単純なもの

お仕事で新しく学ぶことがシャワーのように降ってくるのですが、どうにもそれに対するストレス度がとても高い。どうしてなんだろう。ということで、現状のストレス発生源の原因を探ってみました。

 

  • 情報がとっ散らかってる。
  • ほぼほぼ口伝であり、資料がない。
  • 教える側のペースで伝えられる(相手が理解しているかを確認しない)。
  • メモをとる余裕がない・もしくは上手くとれない。
  • 工程の流れが見えないので、得た情報を自分で繋げる必要がある。

 

などなど。

 

教える相手が1人だから口伝の方が楽だと思っているのでしょうか。教える相手が数十人規模だったら、きっと簡単なレジュメを作る等それなりの準備をすると思います。上記の状況で1回で理解し実行できる人はとても少ないのではないでしょうか。

 

ところで、私自身がこのストレスに過剰に反応するのは何故だろう。

 

日商簿記2級の勉強は独学でしたので、書籍から情報を読み取り、知識として生かすために脳内で情報を繋げるのに苦労した記憶があります。独学だと、現在の考え方など知識に付随する新鮮な情報は別ルートで入手する必要があるし、理解の仕方も独自バージョン。その辺を改善したいなと思い、今は日商簿記1級を通信講座を利用して学んでいます。

 

今受講中日商簿記1級の講座、テキストを端から端まで読み上げる形ではなく、得たい知識があるからそれに必要な個所をテキスト上から拾って進めていく形となっています。とても理解しやすく、私の好きな学習法でもあり、嫌なストレスを感じるどころか、むしろ新しいことを学ぶ上で心地よさを感じるレベル。

 

・・・何か見えてきたような気がしてきました。きっと通信講座で快適な学習を進めているからこそ、お仕事上でほぼ真逆な方法で教わっていることに強烈な不快感を感じている模様。。。

 

「何を面倒と感じるか」が、物事を処理する上でその後の成果の大きな分かれ道。入口が混沌としている場合、中身は実はあまり大したことではなっかたりする。その逆もしかりで、入口がとてもスッキリしていると、中身はとても複雑。このような事はけっこうある気がします。

 

1回で理解し、応用力を求めがちな世の中だとは思いますが、その効果を得たいと思ったら、依頼側もそれなりの準備が必要だと考えています。メモ一つとっても、まっさらな状態で把握できていない人がメモをとるより、ある程度レジュメにまとめてあるものにメモを適宜加える方が理解が深まることは容易に考えられます。

 

きっと教える側も、その人が教わったやり方で伝えているのでしょう。思考が限られた枠の中に捉えられてしまうのは怖いですね。できない人がもがくよりも、できる人ができない人のレベルに寄り添う形で学習を進める方がその効果も高いのですが、このような視点は日常の中であまり聞かない気がします。

 

一方的に説明したからといって相手が理解しているとは限りません。口伝のみで解りやすく教えられるというのは、理解するためのフローを教える側が予めしっかりと準備しているのでしょう。教える側にも効果的に教えるための研修みたいなのがあったらいいのにと思ってしまう今日この頃です。